tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第33話 コザのアキラ

       1974年8月6日 火曜

 8月6日火曜、コザの歓楽街はいろんな意味で暑かった。いや、むしろ熱かったと言ってもよい。沖縄にやってきて3日目になる。相変わらず朝から夏雲が沸き上がっている。照りつける日差しの中で雲の成長を見ていると、今日も過酷な一日が始まるのだと、覚悟しなければならない。早くも辺り一面に熱気が漂い始めた。

 ここから車で20分のビーチに行けば、爽やかな風が吹いているという。そこに行けば、美しいサンゴ礁や色鮮やかな熱帯魚が、暑さを忘れさせてくれると思う。でもそれは、仕事がなければの話になる。

 夕暮れ時になると、空がオレンジ色に染まる。この、ほっとするひと時は、今の僕にとって大切な休息だった。これからの長い夜に備えるため、オリオンビールをひと缶飲み干す。こうして、忙しい夜は今日も訪れる。

 昼も夜も熱いコザの街にはアキラがいる。彼は沖縄麻薬取締支所に所属するマトリとして、昼夜を問わず捜査に余念がない。今夜もバイクにまたがるとコザの町を駆け巡る。ロングフォークのチョッパー仕様というカスタムバイクが、彼のトレードマークになっている。

 1972年5月15日、沖縄県アメリカ合衆国から日本に返還された。その後、1974年4月1日にコザ市は消滅する。いや、正確に言うと沖縄市に改名されたのだけど、それでも市街地のコザ十字路から、胡屋地区、中の町地区などは、今でもコザという愛称で呼ばれている。

 アジア最大のアメリカ空軍基地といわれる嘉手納基地(※注26)は、ベトナムへの出撃拠点だった。同時に、東南アジアとアメリカを結ぶ、麻薬密輸ルートの中継地点にもなっていた。そしてまた、コカインや大麻などの麻薬は、コザの町にも深く浸透していた。ところが日本の警察は、米兵が基地内で行う麻薬所持や密輸に対して、まったく手出しができなかった。それでも、やがて沖縄が返還されると、基地内の取り締まりも可能になった。

 それは、先週の日曜日のことだった。津々木捜査官から、少年の家に電話があった。少年の母親が僕を呼んだ。「浩之(ひろゆき)ちゃん、津々木くんから電話よ。“夏休み勉強会”の案内だと言ってるわよ」突然なんの事だろうと電話を替わると、“取締り強化週間”のことで打ち合わせがあるから、今から家に来て欲しいとのことだった。

 “取締り強化週間”なんて聞いたことがないと思いながら、急いで津々木家に向かった。到着すると、スタッフが慌ただしく動き回っていて、その中には真鳥さんの姿もあった。

「やあ、鹿間くんご苦労さん。早速だが本題に入るぞ。実は小津の部隊が沖縄に集結しているとの情報を得たんだ。彼らは南国でかなりの荒稼ぎをしているという。そこでだが、ここで奴の部隊を一気に攻めて、ひとり残らず検挙しようということなんだ」

「それで、その強化週間に僕も参加しろってこと?」

「すまないがそういうことだ。相手は構成員の大半である17人が集まっている。これに対して、こちらのメンバーはわずか4名という人手不足だ。だから鹿間くんにも協力頂きたいという訳だ」

「うん。事情はよく分かったから、躊躇せずに参加するよ。そして努力を惜しまないつもりだよ。でも、僕が何日も家を空けると色々と問題が起きると思うんだ。そのあたりは、捜査官の事だからうまく計画しているだろうね」

「任せておきたまえ!心配無用だよ。まず、日程は来週日曜から土曜までの7日間、8/4から8/10としている。鹿間くんはその一週間、私の父親が主催する臨海学校に、無料で参加してもらうという設定だ。そこで高校受験講座を受けながら、海に入って体力強化に励んでもらうというカリキュラムなんだ。沖縄に行けば日焼けするから、辻褄を合わせておく為にね。君のお母さんには、私の“父親役”が電話で説明をして、安心してもらうという手はずだ」

「よく考えられたアリバイ作りだね。でも、母親に電話を入れる時には、注意してもらいたいんだ。津々木捜査官は“少年の家”に電話を入れた時、『鹿間陵汰くんはいますか?』と言ったでしょ? “鹿間陵汰”は僕の本名だよ。この世界では“摩耶浩之”が僕の名前なんだから・・・何度も間違えると、少年の母親は不審に思って電話を切ってしまうよ」

「すまなかった。それはそうだな、十分に気を付けるよ。それから私と君は、見た目は未成年だから、沖縄では夜中に仕事ができない。だから、私と君のアバターを作ることにした。実年齢28歳の私と、25歳の君のアバターだよ。それを空間移動させて沖縄に送り込むんだ。その間、私と君自身は、この家にあるカプセルで人口睡眠をすることになる」

アバターは2060年の警察庁研究所でなくても作れるんだ!しかも捜査官は、アバターアバターになるから凄いな。 ところで沖縄に行ったら、未成年じゃないからビールを飲んでも構わないよね? 1年振りのビールの味が今から楽しみなんだ」

「ああ、ビールでもウイスキーでも好きなだけ飲んでくれたまえ。ただし、しっかりと潜入捜査をしてもらうからな。それから麻薬にだけは絶対に手を出すなよ!」

 8月4日、日曜の早朝、メンバーは空間移動装置を使って沖縄市へ向かった。目的地はコザ十字路にほど近い“越来城(ごえくグスク)跡地。僕たちは、芝地の上にほんの数秒で降り立った。今回は、各座標値の設定が正確だったようで、気持ちよく目的地へ到着することができた。

 ところで、僕には心配なことがひとつだけあった。それは、僕が沖縄に来ていることを、小津が察知すれば、ミッションに影響を与えるのではないか? ということだった。沖縄に行っているのがアバターでも、僕の意識はアバターと共にある。脳チップも同期されている。小津が動線分析ツールで、僕の動きを確認することは十分可能なはずだ。

 事前に僕は、名古屋にいる相川さんに電話を入れていた。彼女の言っていた、ツール上の位置表示が動かないようにする方法を、教えて欲しいとお願いした。彼女は状況を理解してくれて、その手順を教えてくれた。こうして当面の間、自宅から外に出ない設定にしておいた。

 ミッションメンバーが沖縄市にそろった。津々木捜査官はメンバー紹介を始めた。津々木捜査官と時空間野営部隊の3名。続いて真鳥麻薬取締官と僕の紹介があった。 捜査官の母親役の人は家に残って、カプセルに入った捜査官と僕の面倒を見てくれている。

「続いて沖縄麻薬取締支所から1名、アキラが来ているはずだが・・・おかしいな? 姿が見えないぞ!」

 遠くから、バイクのエンジン音が近づいてくると、僕たち6名の円陣付近にバイクは止まった。その姿は、口髭に長髪をなびかせ、レイバンのサングラスをかけた、映画イージーライダー(※注27)のピーター・フォンダそのものだった。彼は遅れてきたこともそうだけど、バイクから降りることもなく、挨拶やコメントなど一切声を発することはなかった。

「よし、これで7名全員だ。それでは2名体制のグループ分けだが、鹿間くんはアキラと組んでくれ」

 捜査官はグループ別役割と捜査日程を説明すると「さっそくだが動き出してくれ!」と言って、打ち合わせを終えた。僕は、この正体のわからない人と組むのが心配だったけれど、捜査官は彼の事をこう説明した。

「アキラは年齢不詳ということだ。厚生省の職員なのに年齢不詳とはおかしな話だが、本人が年齢を口にしないからな。それから彼の特技は超能力を扱うことらしいから、どんな超能力か知らないが、捜査に期待が持てるぞ。鹿間くんは独身暮らしの彼と、衣食を共にしてくれたまえ。とにかく2人仲良くしてくれよ」

 アキラは見たところ、僕と同世代の25歳から28歳あたりのように思えた。物静かなアキラは、僕の質問に時々『イエス』とか『ノー!』と返事をするだけだった。昼間は小津の部下17人を特定していく為に、聞き込みや資料集めを進めた―――そろそろ20時になる。日はすっかり落ちて、ネオン看板が華やかな光を放っていた。

 夜になると、嘉手納ゲート2からゲート通りへ、大勢の米兵が繰り出してくる。センター通り(BCストリート)には、ライブハウスやロックバー、キャバレー、クラブがひしめいていて、そこでは危険と隣り合わせの、カオスが毎夜繰り広げられている。そんな危険で眠らない街への潜入捜査が、僕たちの使命だった。

 僕は、彼のバイクに乗せてもらい、後方にあるグラブバーをつかんだ。そして翻訳機の、これまでに使ったことの無い機能を試してみようと、ふと思いついた。それは、僕が日本語で発する声を、翻訳機が自動変換して、英語で話しているように聞こえるというスイッチだった。

「Now, Akira, which store should we investigate? Can you tell me?」

(さあ、アキラ、どこの店から捜査しようかな。教えてくれる?)

 するとアキラは、「Let’s start from this club. It’s just my hunch though.」

(このクラブから始めてみよう。私の勘だけどね)としゃべった。

 そうなんだ!何故だか分からないけど、彼は英語でしか話さないんだ。こうして、アキラと会話ができることが分かると、僕は嬉しくなった。アキラはバイクを停めると、一人でクラブへと歩き始めた。僕は急いで彼の後を追って店の中に入った。

 店内ではバーカウンターに立って、遠慮がちにバドワイザーを一杯注文した。暫くすると、米兵だと思われる屈強な2人の白人が入ってきて、アキラを見るとこう言った。

「Mr. Akira, how are you? Thank you for your hard work tonight.」

(アキラさん、お元気ですか?今夜もご苦労様です)

そして、アキラの傍に立っている僕を見て彼はこう続けた。

「Who's this nobody? Who are you?」

(どこの馬の骨とも知れない奴だな。誰だお前は?)

『なんだよ!まったく感じの悪い人だな!』・・・・・・あとはアキラがフォローしてくれた。

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(※注26)嘉手納基地は、嘉手納町沖縄市北谷町をまたぐ広大な面積に拡がるアメリカ空軍基地。1945年4月、連合国軍が沖縄戦で旧日本陸軍中飛行場を接収して、その後さらに拡張した基地。3,700mの滑走路、約100機の軍用機が常駐している。面積は羽田空港の2倍ある。

(※注27)『イージー・ライダー』(原題:Easy Rider)は、1969年公開のアメリカ映画。日本では1970年に公開された。ピーター・フォンダデニス・ホッパーによるアメリカン・ニューシネマの代表作。