tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第37話 犯人の匂い

               1974年12月6日 金曜

 正門への坂道を上がる生徒達の中には、厚手のビニール袋を手にして、登校する姿が見える。道のあちこちで、レコードを聴いた感想を熱く語る光景は、今ではごく自然な風景になっている。次々と発売される新譜のレコード盤は、思春期の多感な少年少女たちに、刺激を与えてやまない。この頃、特に話題を集めるのは、サディスティック・ミカ・バンドのアルバム、『黒船』だった。シングルカットされた 『タイムマシンにお願い』 ※注20が大人気で、教室はミカ・バンドの話題で持ちきりだ。

 先月のこと、僕は初めてと言ってもよい時間旅行を経験した。赤江瀑先生は、タイムマシンに僕を乗せると、行先を告げることなく出発した。ほんの数秒、船内が暗くなったかと思うと、やがて視界が開けてきた。眼下には、広大なジャングルが地平線の果てまで続いている。

「摩耶くん此処はどうだね? 人類が地球上に現れた700万年前の世界だよ。人類と言っても、直立二足歩行をする猿人で、人類の祖先とされる霊長類の一種ではあるがね。気温が高く、雨が多いから、植物が大きく育っているのが分かるだろう? しかし、この時代には恐竜は生息していないよ。何故なら、既に6600万年前に絶滅しているからね。ここの猿人たちは、素朴な生活を日々繰り返しているだけなのだ―――では次に、我々に近い祖先が現れた、20万年前に行ってみよう」

 このタイムマシンは、UFO(未確認飛行物体)にそっくりだった。とはいっても、よく見聞きする円盤型やアダムスキー型、ピラミッドや葉巻型などではない。マシン全体を、外側から映し出しているモニターを確認すると、船体は三角形状になっていて、先端の3箇所から光を発している。素材は分からないけれど、クリスタルのような独特な輝きを発している。

「さあ、20万年前に到着したようだ。現代人であるホモ・サピエンスは、石器や火を使い、狩猟や採集を始めている。そして、農耕するまでに発展すると文明が芽生えるのだ。できるならマシンを着陸させて、じかに外の空気に触れてみると、よりこの時代を理解することができるのだがね・・・しかしこれには危険が伴うし、時間旅行規則では推奨されていないから、止めておこう」

 モニター画面を通して地表の様子を見ていると、人間の姿をした集団が洞窟から次々と出てきて、空に浮く僕たちのマシンを不安そうに見上げている。彼らの表情からは、空中で静止する物体に、恐怖感を覚えているのが分かる。泣き叫ぶ者、地面にひれ伏す者、マシンの姿を木の枝を使って地面に書き写す者もいた。

「摩耶くん、彼らはこのタイムマシンに、恐怖心と共に畏敬の念を表している。そのうち、洞窟の壁にタイムマシンの絵を描くかも知れないよ。そのようなものが後世になって発見される例は枚挙にいとまがない。それを宇宙人が地球にやってきた証拠だと言う者がいる。しかし、私にはそうは思えないのだよ。我々のような、タイムマシンで飛来した出来事を描いていると考える。さあ、目撃すべきシーンをひとつお見せしよう」

 前方のディスプレイには、“1912年4月14日23時40分”と表示されていた。暗闇の中に、船内照明で光り輝いている大型客船が傾いていた。漆黒の海に向かって、ゆっくりと沈み始めている場面が、大型モニターに映し出されていた。「君も知っているとは思うが、氷山に衝突した『タイタニック号』(※注36)というのがこの船だよ。さあ、我々の周囲を見てみたまえ。おびただしい数の、多種多様な飛行物体が空に浮かんでいるだろう?」

 この目を背けたくなるような惨状に、抑える涙が止まらないまま、僕は先生に向かって言った。 

「言葉が出てきません。犠牲になる人々を目の前にして、なす術のない無力感。救える命があったのではという喪失感が、今の僕を絶望の淵に突き落としています」

「気持ちは十分に察するよ。では、同様の事例をもうひとつ見に行こう。“2001年9月11日8時46分”に、『アメリ同時多発テロ』(※注37)が発生している。テロリストにハイジャックされたアメリカン航空11便が、ワールドトレードセンターへ突入する瞬間だ」―――

―――「ここでも飛行物体が複数集まっているだろう? それらは、歴史的瞬間を見届けるのが目的だと思われる。このように、歴史上重要な時点ではUFOの目撃がしばしば報告される。しかし、私はそれが宇宙船ではないと考える。未来人だからこそ、過去の重要ポイントを正確に選択して、現場へ飛来することができるのだ。宇宙人にとっては、それは難しくて面倒なことだろう。宇宙人がいたとしても、そもそもそのような目的の為に、地球を訪れはしないだろう?」

 僕は、タイタニック号やワールドトレードセンターの惨状を、尚も引きずりながら、赤江瀑先生に問いかけた。

「では、タイムマシンに乗る人の、歴史的瞬間を見届ける動機とは何なのでしょう? まさか興味本位の物見遊山(ものみゆさん)ではないですよね? 歴史検証や研究目的であれば理解もできますが、単なる観光であったり、娯楽だとすれば許すことができません!」

「そうだね。中には興味本位のトラベラーもいるかも知れないな。そのあたりは、時間旅行規則でもレクチャーされていることだ。だからモラルの問題だと言えよう。ついでに言うと、時間旅行規則では、その時代の人との接触を極力避けるようにとある。それは『親殺しのパラドックス』(※注38)に代表される、タイムパラドックスを回避しなければならないという意味なのだ」―――

―――「そして摩耶くん、きみは多くの犠牲者を目にして、無力感や喪失感を覚えたと言ったね? そうなんだよ、それが歴史を改変してはならないという本質に繋がるのだ。旅行者が歴史を変えるような行為を行っても、歴史は変わらないと先に説明した。改変行為が発生した時点で、世界は分岐をする。改変が反映されたパラレルワールド(並行世界)が新たに1つ生まれる訳だ。元の世界は何ら変わらないが、歴史を変えようとした者は、パラレルワールドに閉じ込められて、二度と元の世界に戻ることはできない。ところが、それを分かっていても、目の前で悲惨なことが起きていれば、無理を承知で抗(あらが)おうとする者が出てくるのも現実なのだ」

 ようやく僕は、荒かった呼吸も普段の状態に戻りつつあり、冷静さを取り戻すことができたようだった。

「先生のお蔭で、ようやく時間旅行規則を理解することができました。本当に感謝します」

「そうかい? よし!それでは1回目の実習は完了だね。そろそろ帰還するとしよう」

「2回目の実習はいつでも構わないから、都合の良い時に来なさい」と、別れ際に先生は言ってくれた。冬休み前には、もう一度タイムマシンに乗せてもらおうと考えながら、家路を急いだ。

 ところで今日(12月6日)は、放課後に2年3組の愛原京子さんの家に行くことになっていた。香りの絞り込みについて、状況や意見を聞く為だった。

 相川詩織さんから転校する直前にアドバイスがあった。「ラベンダーから勉強を始めるなら、2年3組の愛原京子さんを訪ねるといいわよ。彼女の家はハーブを趣味としているから、有益なアドバイスを受けることが出来ると思うわ」・・・こうして、ハーブの中から特定の一種を探し出したいという思いを、愛原さんに伝えることになった。

 愛原さんは、僕の目的が何であるかを聞くこともなく協力してくれた。僕は匂いの記憶を何度もたどって、香りの特徴を出来る限り具体化して伝えていた。彼女の家では、ハーブからアロマオイル(※注39)を手作りしているから、専用の芳香器を使って香りを確かめる為に、多くのアロマボトルが並んでいる。彼女が、これではないかと選んだボトルを幾つか確認してみたが、どうも僕の記憶とは一致しなかった。

 日当たりの良い庭には、多くの鉢やプランターがあって、ハーブ以外にも数えきれないほどの草花が育てられている。愛原さんは試行錯誤を繰り返しながら、特定するための努力を続けてくれた。

「ハーブではない植物にも対象を拡げて、調べようと思っているのよ。だからもう少し時間をくれないかな?」

 僕は彼女の申し出に恐縮した。そして、「申し訳ないけど、よろしくお願いします」 と言って、彼女の家を後にした。

『仮に特定出来たとして、それが決定的な解決手段になるとは限らない。ただ、一歩づつ着実に前進しなければ、元の世界に帰還する道は開かない』

 そう自分に言い聞かせながら家に着くと、名古屋から郵便が届いていた。それは相川さんからの手紙だったが、そこには衝撃的なことが書かれていた。

 手紙によると、小津真琴は名古屋まで空間移動装置を使って時々現れる。そこで彼女は匂いの正体を聞き出す為に、粘り強く探ってくれていたようだ。そして手紙には、小津が以前勤務していた会社名が記されていた。

“株式会社キュビットシステム”―――そこは、僕が2043年に勤務していた会社だった!

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※注20 『タイムマシンにお願い』は1974年10月5日リリースされた。アルバム『黒船』の先行シングルで、サディスティック・ミカ・バンドの代表曲。当時のバンドメンバーは、加藤和彦(ギター、ボーカル)、加藤ミカ(ボーカル)、高橋幸宏(ドラムス)、高中正義リードギター)、小原礼(ベース)。

(※注36)『タイタニック号』は、処女航海中の1912年4月14日深夜、北大西洋上で氷山に接触、翌日未明にかけて沈没した。犠牲者は乗員乗客合わせて1513人。生還者は710人だった。

(※注37)『アメリ同時多発テロ』とは、2001年9月11日(火)の朝、イスラム過激派テロ組織アルカイダによって行われた4つのテロ攻撃。一連の攻撃で、日本人24人を含む2977人が死亡、25000人以上が負傷した。

(※注38) 『親殺しのパラドックス』とは、タイムマシンで過去の世界に行き、自分の父親となる人物を、母親と出会う前に殺したらどうなるかというもの。父親を殺すと、自分は生まれないため、タイムトラベルをすることができない。しかし、自分が存在しなければ父親は殺されず、自分が生まれてタイムトラベルをすれば父親殺しをすることになり、論理的に矛盾するという説。

(※注39)アロマオイルは、植物に由来する天然香料・精油や合成香料を植物油などで希釈した製品のこと。


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