tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第46話 電気分解

               1975年2月11日 火曜

 10年後の未来から戻ってきて、2日目の朝を迎えた。今朝も玄関の外には、近所4人組のうち2人が迎えに来てくれている。昨日、学校で生徒名簿を確認すると、目の前にいる女子生徒の名は、山本遊羽恋(やまもとゆうこ)さんで、早志くんと同じ2年6組になる。

 早志くんは梅野くんの家に行く途中、僕の寝ぼけ癖について話しを始めた。「先週の木曜夕方6時半頃だったよ。 俺は英語塾に行くために、自転車で摩耶の家に行って、チャイムを鳴らしたんだ。普段は直ぐに出てくるのに、その日は出てくる気配がない。 だからもう一度チャイムを鳴らしてみたんだ。すると家の奥からドドドドドッって足音が響いて、玄関の扉が開いた。

 摩耶は塾に行く前は仮眠をとるから、その日も寝ていたようだった。パジャマ姿の摩耶は、俺の顔を見るなり 『隕石が落ちたよね?地球はどうなったんだ!みんな大丈夫か?!』 と、血相を変えて言うんだ。俺はあっけに取られて、摩耶が右往左往する様子を暫く見ていたよ」

 山本さんは顔をうつむき気味に歩いていた。その様子を僕は横目で見ながら彼女に歩調を合わせた。明らかに笑いをこらえている。早志くんが言った 「山本さん、摩耶って変な奴だと思わない? 授業中もその癖を出して先生たちを驚かせるからな」これを聞いた彼女は、大きな声で爆笑するとずっと笑い続けた。梅野家のチャイムを押すまで、笑いが止むことは無かった。

 学校生活にしても、家庭で過ごす時でも、どこか違和感がつきまとう。大筋の流れは同じでも、細部が異なっているのに気がつくと、頭の中が混乱してしまう。僕は昨日から、2時間おきに弟に連絡を入れているけれど、いまだに応答はない。それでも 『僕との通信が途絶えたら、敢ちゃんはすぐに原因を探してくれる。そして必ず僕を助け出すだろう』 それは、微かな期待なのかも知れない。でもそう考えると、少しは焦る気持ちを沈めることができた。

 未来から戻ってきて3日目。今日は2月14日だからバレンタインデーになる。でもそんな雰囲気は周囲から何も感じられない。休憩時間に、3組の教室に行っても、津々木捜査官の姿はなかった。4組の桜坂香くんが廊下に出ていたので「今日はバレンタインデーだよね?」と聞いてみた。「そうだな。一年に一度、男子が女子に告白できる大切な日だね」と言う。「えっ、逆じゃない?・・・似て非なるというのはこういうことだよ。 些細な違いが幾つも出てくる。いちいち考えていたら頭痛がしてくるよ、あーもう嫌だ!」 これを聞いた彼は、両手を広げると、手のひらを上に向けて首をかしげる仕草をしていた。

 戻ってきて5日目の2月16日。いつもと変わりのない日曜の朝。来週から期末テストが始まるから、復習をしようと机に向かっていた。玄関のチャイムが鳴ると、少年の母親が「梅野くんが来てるわよ!」と僕を呼んだ。玄関の扉を開けると、そこには苛立った様子の梅野くんが立っていた。「こんなに朝早くからどうしたの?」と僕は聞いた。

「何してるんだよ!今日は赤江先生の家に行って、マシンに乗せてもらう日だろう?」

「そうだった? ・・・いやそうだよね。直ぐに仕度するから待ってくれるかい?あっ!それから先生に電話しないといけないね」

「何を言ってるんだよ。一週間前、先生に了解をもらったと、君が言ったじゃないか!」

 たぶん梅野くんは 『摩耶の寝ぼけ癖はかなり重症だな』と考えているだろう。僕たちは急いでバスに乗ると先生の家に向かった。バスの中で梅野くんは、「今日の船上決戦は激しい戦いになるのかな?」と、心配していた・・・

『そうか!今日はその為に先生のマシンに乗るということなんだ。ほんとうの世界では、先月の1月26日に、船上決戦が行われている。待てよ?決戦の結末が同じだとは限らない。何だか嫌な予感がしてきた―――』

 雪が降りしきる中、橋の上に停車した車両の周囲に立つ、背広姿6名の姿が忽然と消えた。バイクにまたがったアキラも同時に消えていた。マシンのモニターに映る船の甲板上では戦いが始まっている。ここまではあの1月26日とほぼ同じだった。

 先生が甲板付近までマシンを移動させた。そこでは、壮絶な銃撃戦が繰り広げられている。敵はマシンガンを使って、捜査官たちに向けて銃弾を浴びせる。そして、敵の数に驚いた。20人以上はいると思う。これは、津々木捜査官が予測した人数の倍になる。 これでは多勢に無勢で、到底勝ち目は無いと思えた。梅野くんは首を横に振りながら 「こんな悲惨な光景は見たくなかった」と元気なくつぶやいた。

 真鳥捜査官は、仕掛けられた爆弾を船内から持ち出して海に投げ込もうとしていた。 アキラは危険を察知して、真鳥捜査官の抱える爆弾を片手で取り上げると、バイクごと甲板から海に向かってジャンプを試みた。しかし、もう手遅れだった。爆弾は空中で炸裂してしまった。真鳥さんは甲板に倒れ込むと、爆散した破片を身体中に浴びて動かなくなった。アキラは、爆発と同時にテレポート(瞬間移動)をして、危機を回避したようだった。

 一方、甲板上で驚くべき光景を見ることになる。この大混乱のさなかに、どこからともなく学生服を着た生徒が現れた。その姿をよく見ると、なぜか2年1組の河内摂(かわうちせつ)くんだった。クラスメイトの彼は、敵の銃撃を恐れることもなく、左手を腰にあてて立っていた。そして右手に握る木槌を、ゆっくりと円を描くように左右に振った。すると彼の周りに楕円状のエネルギーフィールドが展開された。これは防御システムのシールドのように見えた。敵の銃口は、突然現れた彼に向けて一斉に銃撃を開始した。ところが、シールドは銃弾を次々に跳ね返していく。

 摂くんは、振り上げた木槌を水平に下ろすと、敵に向けてレーザービームを照射した。こうして一人ずつ倒していく。そのうち、反撃できるのは彼ひとりとなり、多勢の敵をつぶすにはなにしろ時間が掛かる。でも、銃撃戦を見ていると、それが何故なのかが分かった。彼はビームの照射レベルを弱にしているようで、相手を気絶させるだけで、致命傷を与えていなかった。敵は 「おい!あのハンマー男には気を付けるんだ。 しかし、ビームが命中しても一瞬気絶するだけだから、恐れるに足りないぞ!」と叫んでいた。

 そうこうしている間に、船は港の岸壁に接岸して密輸品の荷下ろしを始めた。ところが、そこは下関港ではなく門司港だった。敵は岸壁で待ち受けていたトラックに密輸品を積み込むと、小津が自ら運転をして走り去ってしまった。

 操舵室では、津々木捜査官が血を流して倒れている。梅野くんと僕は、銃撃戦で傷ついた津々木さん、真鳥さん、他に4人の捜査官たちをマシンに乗せると、止血などの介抱をした。先生はマシンを操縦して病院まで急行してくれた。アキラもバイクにまたがり病院までの道を急いだ。 

 病院での処置が済んだ後、担当医の方から治療状況についての説明があった。

「銃弾の除去と止血処理を行いました。創傷部分には抗菌剤を投与していますから、命に別状はないでしょう。ただしこれは4名の方についてのことです。他2名の方は、服装に銃弾や爆弾の破片が貫通した痕跡があるのに、体内には銃弾などは残ってなく、出血もありません。信じがたいことですが、全く健常な人だと言えます」

『そうだった!津々木さんと真鳥さんの身体はアバターだから、自動回復機能が作動している。病院に到着する頃には、無傷にまで回復していたんだ』

・・・・・・いずれにしても悪い予感は当たり、船上決戦は後味の悪い結果となった―――僕はこのようなパラレルワールドの住人になるしかないのだろうか?

 こうして憂鬱な日曜の夜を迎えた僕は、勉強机に座っていた。自分の存在感をすっかり見失った今は、何もする気にはなれず、ただ漠然と時間が過ぎていくだけだった。

 すると、ラジオで選局をする時によく発する、ザラザラという雑音がどこからか聴こえてきた。『陵汰兄ちゃん!聞こえるかい?』という呼びかけが頭の中で響いた。 僕は思わず椅子から立ち上がると、高ぶる気持ちを抑えながら返事をした。『敢ちゃん!ようやく繋がったんだね。必ず連絡があると信じていたよ』

『遅くなってごめん。突然連絡が途絶えたから、兄貴は並行世界に入り込んだのではないか?と疑っていたんだよ。でも解決方法を調べるのに、思った以上に時間が掛かってしまった。生物工学研究所のサーバーに再度ハッキングをかけたんだ。すると、前回は気が付かなかった裏データにたどり着いた。僕はすっかり騙されていたんだ。制御システムの核心部分を、別ファイルに移動させていたとはね。だけど量子暗号化された強固なセキュリティを無効化して、解読に成功したよ』

『やったな!今度会った時には、お礼にビッグマックを好きなだけ買ってあげるよ。 それはそうと、並行世界にいる僕と交信をするのに、苦労はなかったかい?量子理論では “量子もつれ”を応用すれば可能だと学んだけど、世の中にはまだ実例はないからね。 おそらく、敢ちゃんが歴史上初めてパラレルワールドとの交信に成功した人物だよ!』

『そうかい? 初めてと言われると嬉しいけどね。迷い込んだ人がいて、彼のデバイスチップが発する識別信号を知っていたから成功しただけだよ――

――では、これから2つの課題を解決する話をするよ。1つ目はパラレルワールド(並行世界)から、本来の世界に戻る方法。2つ目は、再び並行世界に迷い込まない対策についてだからね』――弟は順を追って説明してくれた。

『では1つ目。これは信じがたい話だと思うかも知れないけど、並行世界には“時空の管理人が住んでいるんだ。この管理人は、都市伝説など噂話のレベルでは有名な人で、 “時空のおっさん” と呼ばれている。作業着を着てヘルメットをかぶり、横柄な態度でぶっきらぼうなんだ。『来るな!』とか 『なぜここに来たのか?』と大声で怒鳴るらしいよ。でも彼に会う事さえできれば、本来の世界に戻してくれる。――

――実は、この“時空のおっさん”とは、西暦2400年代に製造された、超高性能AIロボットなんだ。このAIロボットは、あらゆる並行世界に派遣されていて、遭難者たちを日夜救助している。西暦2300年代までは、並行世界に迷い込んだ遭難者を検知すると、政府が担当官を派遣して救助する仕組みだった。これをもっと効率化する為にAIを導入したらしい。ロボットの識別番号は“クロノスC―931”だから覚えておいてね。会った時に 『もうここには来るな、二度目は無いぞ』 と脅されるかも知れないけど、口悪くプログラムされているだけだから、気にすることはないらしい』

『何とも興味深い話だね。それじゃ、一刻も早くその人に会わなきゃならないな』

『そうだね。でもそんなに焦らなくても、近いうちに彼は現われると思うよ。・・・では2つ目だよ。兄貴たちが調合したタイムリープの制御物質だけど、アンバーグリスを精油にするのに溶剤抽出をしたよね?それでもタイムリープは可能なんだけど、これだと今回のように意図せずに、並行世界へ跳躍してしまうことがたまに発生する。それを回避するには、アンバーグリスを電気分解してから、調合しなければならないと分かったんだよ・・・・・・』

 翌日、登校して1組の教室に入ると、僕は河内摂くんが座る席に向かった。摂くんは椅子に座ったまま僕を見上げた。 僕は彼と教室を出て、廊下の端まで行くと疑問をぶつけた。

「摂くん、昨日は大活躍だったね。しかし君の持つ木槌はただものでは無いよ。どうしてシールドを張ったり、レーザービームが発射できるの?」

「あぁ、その事かい?あの木槌は知り合いのおじさんからもらったものだよ。いざという時はこれを使いなさいとね。おじさんは、他にもあれこれ便利なものをくれるんだ。 そういえば、君は違う世界から来た人間のようだね。僕は匂いでそれが分かるんだけど、もし君が本来の世界に戻りたいと思うなら、昼休みにおじさんを呼んでこようか?」

 昼休み時間、摂くんから指定された正門の前に行ってみた。そこには、冬だというのに真っ黒に日焼けしたヘルメット姿のおじさんが立っていた。

「なんだ!戻りたいというのはお前のことか?まったく手を焼かせる奴だなぁ。軽はずみな事をするから迷い込むってんだ。いいか?もう二度と来るんじゃねえぞ!!」そう言い終わるや否や、僕は“時空のおっさん”に2月11日建国記念日の午後3時に跳ばされた。ここは並行世界ではなく、僕が居るべき本来の世界でなければならない。

 津々木捜査官の家に姿を現した僕の目の前には、母親役の和子さんが立っていた。 

「津々木さんは、小津容疑者を護送するために未来に行っているわよ」と教えてくれた。 

『彼女は、“捜査官が小津容疑者を護送している”と言った。パラレルワールドでは、小津は門司港から逃走した。小津が逮捕されているというこの世界は、本来の世界に間違いない』和子さんと暫く話を交わした後、家に帰りながら考えた。

『調合をやり直せば、おそらく元の世界に戻ることができる。その為には電気分解装置が必要になる。念のために設計図を書いておこう。あとは材料費も必要だな。少年の母親に、来月のおこずかいを前借りして・・・』

翌日の朝、登校する時に梅野くんに相談してみた。

「未来へのタイムリープを試してみたら、不具合が見つかったんだ。それを解決するには、電気分解をしたアンバーグリスを、調合しないといけないようなんだ。その為には電気分解装置が必要になるけど、どうしたらいいと思う?」

「う~ん、学校には電気分解装置は無いからね。どうしたものかな?」

「そうだよね。だったら装置を自作するしかないなぁ」

「こういう事は、5組の日景一洋くんが得意だから、彼にお願いしてみようか?それから理科室の使用期限は切れているから、七島先生に期末テストが始まるまで延長してもらうように交渉するよ。明日の放課後にみんなで理科室に集合して対策を考えよう」

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