tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第42話 通信遮断

               1974年12月24日 火曜

 2学期の終業式が始まり、明日からは冬休みに入る。校長先生は式の冒頭で挨拶をされた。「みなさんの中には、東海道新幹線に乗った人もいるでしょう。今は岡山までの山陽新幹線も、年が明けて3月10日になれば、博多までつながることになります。しかもこの町に新駅ができるのです。私たちが待ち望んでいた、世界一のスピードを誇る新幹線がやってくるのです。皆さんに、この素晴らしい乗り物を是非とも体験して欲しいと思っています。ですから、来年の修学旅行は関西まで新幹線で行くことを検討しています。楽しみに待っていてください」 こう言ったものだから、体育館はどよめきに包まれると同時に、我々2年生を中心に喜びの声が上がった。

 校長先生のわくわくする話は、僕にとっては上の空でしかなかった。なぜなら、今の最大関心事は、脳に接続されているチップが発する音だったから・・・途切れ途切れで不鮮明な音声は、昨日になると会話として聴こえるようになっていた。

 当初は、3時間おきに聴こえてくる音声を、幻聴ではないかと疑った。でも、今では敢太の声に間違いないと確信するようになった。しかしなぜ、弟の呼びかけが突然聞こえるようになったのだろう? しかも 『陵汰兄ちゃんはどこにいるんだよ?』と呼びかけてくるではないか? これらの謎が明らかになれば、元の世界に戻ることができるような気がする。

 この、寝ても覚めても聴こえてくるメッセージ。その呼びかけの声はいつも弟であり、毎回同じ内容だった。弟は発信するメッセージとタイミングを、彼のデバイスチップに設定したのだろうか?それがサーバーを経由して繰り返し発信される。ただし、この呼びかけに僕が返事を試みても、こちらからの発信は弟に届いていないようだった。

 どうしてチップが突然動き始めたのか?・・・・・・始まりは木星から地球へ帰還する時だった。思い返せば、月から木星への移動は光速の1.5倍。そして地球への帰還は光速の1.2倍という、常識では考えられない航行速度だった。まさにその時にチップは動きだした。―――理由は分からないけれど、光の速さを超えたことが、デバイスチップに何らかの刺激を与えたのではないか? これが通信障害を復旧する自動回復機能を起動させたと考えられる。そして、自動回復機能が動き出して、今も補修を続けているのだと思う。

 おそらく、もう少し待てば完全復旧するだろう。ここはプラス思考で楽観的に構えておくことにした。

 僕は名古屋の相川詩織さんに手紙を出した。通信遮断されていたチップから、鮮明ではないが音声が聴こえてきたこと。そして、小津の動向について何か分かれば教えて欲しいとも書いた。

 これまで、脳に埋め込んだチップを、ここまで気にすることはなかった。しかし考えてみれば、デバイスチップはひとりの人間に1つが条件のはずだった。 そうでなければ、管理する側の政府は困ることになる。ひとりの人間が複数のIDやアカウントを持てば、管理者が混乱してしまうのと同じだ。

 購入したチップを大脳皮質に埋め込む手術をすると、デバイスチップは脳とリンクされる。すると、生体情報がサーバーへと送り込まれる。それは、ひとりの人間が生きている証とも言える膨大な情報量になる。チップは人間の視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚という、五感情報を政府のサーバーに蓄積させる。もちろん、氏名・年齢・性別・住所などのメタ情報(付帯情報)や、プロファイル(人物像)も登録されている。言い換えれば、僕の正体や行動履歴は、政府から常に監視されているということになる。

 ところが、僕はタイムリープと同時に意識スライドをして、“摩耶浩之”という他人の身体に意識が入り込んでいる。相川さんは僕に説明してくれた。元の世界(2043年)では、意識が抜けた僕、“鹿間陵汰”を、無意識がコントロールしながら生活をしているという。

 僕の意識が入り込んでいる今の“摩耶浩之”は、翻訳機が使えるのだから、脳にチップが存在している。一方で、本来の僕である、“鹿間陵汰”にもチップが存在する。そうすると、政府は2人の鹿間陵汰を認識するはず・・・・・・そうか!分かってきた。双方向通信が可能な翻訳機は、あくまでもデバイスチップの一部でしかない。チップの大半を占めるデータベース基盤は、通信遮断されたままになっている。しかも、70年前にタイムリープした時から遮断されている。通信遮断されている限り、政府が2人の鹿間陵汰を認識することは、ないということになる。

 このように、“摩耶浩之”に入り込んだ鹿間陵汰の五感情報は、サーバーに送信されることはなかった。これまで、政府は1人の鹿間陵汰だけを認識していた。ところが、通信障害が完全復旧すればどうなるか? 政府は鹿間陵汰が2人存在することに間違いなく気がつく!

 デバイスチップを複数所持するケースについて整理をしてみよう。

 過去や未来へ“意識スライド”して他人の身体に入ると、意識に繋がっているデバイスチップも一緒にスライドする。その人は今現在の世界に残っていて、無意識が体をコントロールしている。だから、1つのチップが2つに増えたことになる。

 過去へタイムリープをした場合はどうだろうか?・・・過去に跳躍した瞬間に、その人は今現在の世界から消えていなくなる。だから、チップは1つで変わりはない。

 未来にタイムリープをした場合はどうだろう?・・・未来に跳躍した瞬間に、その人は今現在の世界から消えていなくなる。だから、チップは1つのままで変わりない。

 津々木捜査官や真鳥さんのように、アバターを使ってタイムリープをする場合・・・今現在の世界では、警察庁の時空間移動センターにあるカプセルに、その人は入っている。そして常にアバターと意識を同期しているから、この場合もチップは1つのままで変わりない。

 こうしてみると、“意識スライド”だけが、複数のデバイスチップを所持することになる。

 小津真琴やアンダーワールドの構成員たちは、正規のデバイスチップを持たない。そんなことをすれば、政府に登録されて行動を全て監視されてしまうから、悪いことは何もできない。だから、彼らは闇市場で手に入るデバイスチップを使う。非正規品によって独自のネットワークを構築している。

 ホームルームが終わって下校時刻になった。すると1組の教室には、とあるメンバーが集合した。梅野くん、愛原さん、越川さん、そして僕の4人だった。年明けから開始する、アンバーグリスの調合手順などを話し合うのが目的だった。更に梅野くんは、放課後に理科教室を使用したいと、許可願いを学校へ提出していた。彼は七島先生を通じて学校側に交渉を続けてくれていた。

 役割分担について意見交換をしていた時だった。頭の中に突然、警告メッセージが鳴り響いた。『あなたのデバイスチップに異常が検出されました。至急、最寄りの医療機関で診断を受けてください』

 思った通りだった!このメッセージは、デバイスチップが完全復旧したことを意味する。しかし、僕はメッセージに対してどのように反応したらよいのだろうか?

 打合せを終えて帰宅した僕は、勉強部屋のドアを開けた。すると、またメッセージが聴こえてきた。でもそれは弟の敢太が発信するいつもの声だった。

 すかさず、僕は弟に返信メッセージを発信した。

『敢ちゃん、これまで連絡することができなくてごめん。ようやく通信が復旧したんだ。僕は70年前にタイムリープしている。でも大丈夫、元気に暮らしているよ。それより、取り急ぎ助けて欲しいことがあるんだ。それは・・・・・・』

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