tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第31話 スカイセンサー

       1974年7月14日 日曜

 日本短波放送は、1974年1月に放送を開始した。番組の中に、三菱電機が提供する“ハロージーガム”がある。これはBCL専門の情報番組で、平日の18時15分から15分間放送されている。番組内容は、主に最新の放送局周波数変更情報、受信報告の書き方、受信テクニックなどの紹介となっている。

 BCLとは、『短波で海外放送を受信して楽しむ趣味』のことで、昨年あたりから話題に上るようになり、今年に入ると、小中高校生を中心にBCLブームが巻き起こった。アマチュア無線も短波を使った1つの放送局なので、短波放送を聴くことは、アマチュア無線開局前のステップに位置づけされた。

 短波は上空の電離層で反射するため、受信機の性能やアンテナの良し悪し、入り込む雑音が少ないなどの条件が整えば、全世界の放送を受信できる。そして、ブームの火付け役となったのが、ソニーが世に送り出した『スカイセンサー』だった。この、短波受信ブームを見たラジオメーカー各社は、短波受信を重点設計にしたラジオを、次々と市場に投入した。

 中でも1972年にソニーが発売した、ICF-5400から始まるスカイセンサーシリーズは、その代表格といえる。これまでのラジオには無い、個性的な機能を持たせていた。更に昨年発売されたICF-5800(注21)は、通信機をイメージしたメカニカルな縦型デザインにしている。これは少年たちの心を鷲づかみにして離さなかった。完成度の高い優れた性能を持ち、テレビでは、購買意欲をそそる魅力的なCMが、毎日のように流れている。

 毎朝の登校時には、梅野くん、早志くんと3人で、短波放送受信の話題を持ち出して盛り上がっていた。特にスカイセンサーの話になると、新たに仕入れた情報をお互いが競って自慢げに語る。しかし、ああだこうだと言う割には、誰一人スカイセンサーをまだ触ったことがない。

 何と言っても“スカイセンサー”という響きが良い。少年たちの好奇心や探求心を誘うこのネーミング。これさえあれば、自分でも世界中の空を飛び交う電波を探索できる。目にしたことの無い、海外の風景を手に入れた気分になれる。海外の言葉に触れることもできると期待感は大きく膨らむ。だから授業の合間には、カタログを羨望のまなざしで見入ってしまう。

 ところが、手に入れば良いという訳ではない。長谷寛人くんが、以前似たようなことを言っていた。

「モーリスのギターを持てば、スーパースターも夢じゃないってCMがあるだろ?だけど、手に入れたからといって、スーパースターになる可能性は、限りなくゼロだよ・・・」

 使い勝手のよい道具が、手に入ったというだけのことだ。使いこなさなければ、思い描くとおりにはならない。更に、このスカイセンサーICF-5800だと2万8百円する。それでも、他のメーカー製品に比べるとコスパが良かったが、ラジオだというのに2万円もすれば、小中学生が親から気軽に買ってもらえる商品ではない。小中学生でBCLラジオを持っているのは、裕福な家庭の子だと言える。

 そういえば先日、遂にギターを購入することができた。気の進まない少年の母親を、楽器店まで連れ出して、3万2千円するモーリスのギターを注文した。彼女は「もうこれでおしまいよ!あれが欲しい、これが欲しいと言っても、何も買わないからね」そう言って、浮かれている僕をけん制した。仮に、スカイセンサーを買って欲しいとねだっても、利するところはひとつもない。彼女の機嫌を大きく損ねて、再び白ご飯だけの弁当が続くことになるだろう。

 実は、僕が愛用しているラジカセ、ソニーCF-1450は、SW(短波)を受信できる。最近は流行に乗り遅れまいと、短波放送を聴くことが多くなった。国際放送では『ボイス・オブ・アメリカ』、『BBCワールドサービス』、などがある。日本向けの日本語放送では、韓国の 『KBSワールドラジオ』、北朝鮮の『朝鮮の声放送』、中国の『中国国際放送』、ベトナムの『ベトナムの声放送局』や、宗教放送など様々な局が存在する。

 今は、ラジカセで聴く短波放送で十分だと思っている。それに、僕には翻訳機能があるから、あらゆる言語が日本語で聴こえてくる。だから、多言語の国際放送など何ということもない。

 ところで、短波放送を聴いて受信報告書を放送局に送ると、受信確認書であるベリカードが送られてくる。アマチュア無線局に送った場合は、更新証明書であるQSLカードというのが届く。多くの局を受信して、その証としてカードを集めることは“短波リスナー”としての勲章になる。または“アマチュア無線における海外交信”の実力を証明することでもある。

 ベリカードは単なる受信報告書の返礼ではない。放送局やアマチュア局が、国や地域の特徴を意識して個性的で美しいカードを制作している。だからカードは収集対象としての価値がとても高い。

 学校では、BCLブームを受けて先生がアマチュア無線に、前向きな理解を示していた。同級生の中には、国家試験に合格、もしくは挑戦中という生徒が数人いた。先生達は良い勉強になるからと、第四級アマチュア無線技士免許の取得を、積極的に推奨していた。

 2年5組に、日景一洋くんという生徒がいる。彼はアマチュア無線の免許を取得して開局しているという。僕は詳しく話を聞きたいと、5組の日景くんを早速訪ねてみた。

「だったら、今度の日曜日にでも家に来てみるかい?」と、日景くんは言ってくれた。 僕は二つ返事で答えると、日曜の午後に彼の家を訪ねた。海水浴場がある海岸線を少し北に行くと河口がある。そこから中山神社の方向に歩くと、彼の家にたどり着いた。

家の庭には、ロングワイヤーのアンテナが張られていた。部屋に案内されると、日景くんが説明してくれた。

「この送信機や受信機は自作したものを使っている。送受信機はアンテナカプラー(※注22)を通じて庭のワイヤーアンテナに繋いでいるんだ」

「自作しているなんて凄いね」

「なに大したことじゃないよ。キットも数多く販売されるようになったからね。“はんだごて”と“テスター” (※注23)さえあれば誰でも作れるよ」

「この部屋には、自作している物が他にも色々ありそうだけど・・・」

「そうだね。小学校の頃は“鉱石ラジオ” (※注24)や“ゲルマニウムラジオ” (※注25)を作って遊んでいたよ。月刊誌で『初歩のラジオ』や『ラジオの製作』というのがあるけど、最近は本格的になって誌面が充実してきたから、高度なものが作れるようになった。他にもオーディオ関連の雑誌も参考にしているよ」

「まさかここにあるステレオ装置も自作したの?」

「そのまさかだよ。プリアンプにメインアンプだろ? それもトランジスタ製だけでなく、真空管を使ったものもあるよ。 ギターアンプやベースアンプも作ろうと思っているけどね・・・・・・なにしろ、それなりの資金が必要だから、一度には作れないんだ」

「例えばだけど、設計図があればどんなものでも作ることが出来る?」

「何でもという訳にはいかないな。でも回路の設計が正確で、全ての部品が調達できれば大抵のものは作れると思うけどね」

その後、アマチュア無線を開局してどのように運営しているのかなど、BCL関連の話を聞いて、彼の家を後にした。

世の中には日景くんのように、大人顔負けの少年たちが多く存在することに、あらためて驚いた。早く家に帰ってギターの練習をしなければと、僕は家路を急いだ。

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(※注21)ICF-5800(スカイセンサー5800)は、当時の短波ラジオの多くが12MHZまで受信するのが限界だったのに対して、ICF-5800は28MHZまで受信できる画期的なラジオだった。アマチュア無線が復調可能なBFO回路も装備していた。価格は2万8百円だが完成度が高く、日本国内で最も売れたBCLラジオと言われている。

(※注22)アンテナカプラーとは、アンテナの信号を分配する部品で、アンテナと受信機や送信機を接続するために使用される。

(※注23)テスターとは、抵抗値、直流の電圧・電流、交流の電圧がスイッチの切り換えによって計測できる計器。

(※注24)鉱石ラジオとは、同調回路と鉱石検波回路のみから成る簡単な受信機。増幅回路はなく、イヤホンで聞く。

(※注25)ゲルマニウムラジオとは、鉱石ラジオと同じ無電源ラジオの一種で、半導体ゲルマニウムを利用して、電波から音声信号を取り出すラジオ受信機のこと。