tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第30話 宇宙大作戦

               1974年7月10日 水曜

 電力節減の為に、0時30分以降のテレビ放送は今でも全て休止されている。放送終了1時間前に放映されているのが、アメリカのドラマ『宇宙大作戦』(※注20)の再放送だった。少年の家では夜23時を過ぎてテレビを見ることは禁止されていた。どうしても見たい『宇宙大作戦』(スタートレック)は、毎週水曜日の23時30分から始まるから、番組を視聴すればルール違反になる。

 テレビは居間にしかない。だから放映時間前になるとこっそり居間に忍び込んだ。勉強部屋から持ってきた掛け布団をテレビに被せて、布団の中に潜り込んでテレビの電源を入れる。こうすれば音と光が洩れずに視聴できる。一人だけのシアターが完成すると、僕は息を潜めて画面を食い入るように見つめた。

 番組はナレーション入りのオープニング映像から始まる。『宇宙、それは人類に残された最後の開拓地である。そこには人類の想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているに違いない・・・・・・』毎回同じオープニング映像だというのに、ナレーションを聴くたびに胸のときめきが収まらない。

 物語は23世紀(2260年代)を描いていて、人類は超光速航行技術を開発していた。ドラマの説明によると、ワープ・エンジンを使って宇宙艦を包み込むように亜空間フィールドを発生させる。するとフィールドの膜に包まれた内部は、光速で進み出す仕組みで、これをワープ航法と呼んでいる。フィールドの膜の中は通常の空間と変わりなく、宇宙艦はその中で静止している。しかし外から見ると、宇宙艦は亜空間フィールドの膜に包まれたまま光速で移動を開始するという。

 1905年に発表された特殊相対性理論によると、アインシュタインはあらゆる物体は光速を超えるスピードを出すことができないとした。もし加速を続ければ、その物体の質量は速度が光速に近づくほど無限大に増え続け、さらに光速度不変の法則という公理によって「時間の遅れ」という不可解な現象が発生すると言っている。

 また亜空間とは、通常の物理法則が通用しない想像上の空間のことを指しているが、もちろんこれは物理学の用語ではない。ドラマでは、亜空間という架空の空間を仮定することで、光速を超える速さでは移動できないという相対性理論との矛盾をうまく回避している。

 僕の脳に埋め込まれたデバイス機能には翻訳機が搭載されている。タイムリープによって過去へ跳躍した1973年でも翻訳機は正常に機能した。このことは2043年に存在するサーバーが、1973年に在るデバイスと双方向通信を行っていることを意味する。70年という時間的距離は、光速を超える速さでなければ通信は不可能だった。これを可能としたのは超光速通信技術が実現したからに他ならない。

 アインシュタインの 『光速を超えて情報や物質を送るのは不可能』という理論に反して、超光速通信技術は開発された。2043年には光速を超えて情報を送ることに成功している。いずれはドラマが描くように、新たな航行技術を使って同一次元の遥か彼方まで、人を含めた物質を送ることが可能になるだろう。ただし、アインシュタインの理論を越えた技術を開発するのはそう簡単ではない。これが実現するのは100年後、いや、ドラマの世界と同様に200年後になるかも知れない。

 光の速さは秒速30万km。地球と月は38万km離れているから、地球から発せられた光は1.3秒で月に到達する。1969年、月面着陸に成功したアポロ11号は、液体燃料多段式ロケットで打ち上げられたが、月に着くまでに102時間を要した。また、天の川銀河系内にある地球から最も近い別の銀河はアンドロメダ銀河になるが、その距離は9.5兆kmにもなる。光速で移動したとしても250万年かかる。

 スタートレック宇宙艦 『U.S.S.エンタープライズ』の巡航ワープ速度は、通常時にワープ5〜6程度、緊急時にワープ9といった運用がされている。ワープ1は光速の1倍で、ワープ2が光速の10倍、通常時のワープ5では光速の214倍、緊急時のワープ9では光速の約1516倍以上となっている。

 要するに、これだけの速さを持つ乗り物でなければ、宇宙という限りなく広大なフロンティア(新天地)に足を踏み入れて、自由に飛び回ることは出来ないことを意味する。19世紀後半(1860年~1890年まで)の西部開拓時代であれば、アメリカ西部の領域と面積に見合う移動手段は、馬や馬車、鉄道で十分に事が足りていた。では、宇宙のほんの一部である、太陽系を含む天の川銀河系での移動手段としてU.S.S.エンタープライズはどうなのだろうか?

 その前に、エンタープライズ号のエンジン最大出力であるワープ9を使った場合、光速で250万年を必要とするアンドロメダ銀河まで、どのくらいで到達するのだろうか?―――答えは300年になるが、ワープ9は緊急時のみに使用するもので、長時間使用すればエンジンは壊れてしまうだろうから現実は不可能といえる。

 また片道300年で到達できたとしても、航行中は人体を低温状態に保ち、目的地に着くまでの時間経過による搭乗員の老化を防ぐコールドスリープを使わなければならない。更に地球との交信は断片的なものになり、緊急対応などのミッションをこなすのは不可能だろう。往復600年を要するということは、地球に帰還したとしても乗組員は天涯孤独になってしまう。これでは、乗組員に志願する者はいないと思われる。これだと宇宙を自由に飛び回っているイメージには程遠い。

 では、銀河系外へ飛び出すのは遥か遠い未来の話として、太陽系が含まれる天の川銀河系での移動手段としてはどうだろうか?銀河の直径は10万光年であり、その所要時間を、エンタープライズ号のエンジン出力別に整理してみると・・・

・ワープ1(光速の1倍)では10万光年に掛かる所要時間は10万年である。

・ワープ5(光速の214倍)では10万光年に掛かる所要時間は2年3か月である。

・ワープ9(光速の1516倍)では10万光年に掛かる所要時間は3か月である。

 なるほど、ワープ5時々ワープ9を基本にして銀河系内を動き回ることが可能だ。これだと領域内を自由に飛び回っていると言っていいだろう。宇宙探査・防衛・外交・巡視・救難などの任務を遂行するに足るスペックを有していると評価できる。

 このドラマを見て思ったのは、超光速航行技術が開発されると、宇宙を飛び回るように過去や未来を行き来することも、夢ではないということだった。2043年には光速を超えて情報を送ることが実現した。時間的距離も光速を超える速さであれば、過去や未来に情報と同様に物質を送ることが可能になる。やがて人類がタイムマシンを使って時空間移動をする日がやってくる。タイムトラベルが日常化する未来はいつやってくるのだろうか?

『チャーリー転送を頼む』・・・これはカーク船長がよく使うセリフだ。船外に出ていた船長がエンタープライズ号へ帰還するときに機関主任のチャーリーに命令する。一瞬にして人を異なる場所へ転送する装置が船には常備されている。

 これは人を含む物質を空間移動させる装置。津々木捜査官が時々使う空間移動は、同様のもので、おそらく2060年までには開発されていたと思われる。残念ながら捜査官は開発の経緯を何も知らなかったので、詳しいことは分からないが・・・

 量子力学を専攻していた僕が推測するのは、これは量子力学の原理を使った技術で、“量子の絡み合い”という状態と“量子テレポーテーション”の現象を利用していると思われる。その現象とは、2つの粒子は遠く離れていても、量子が絡み合った状態では一方の変化が他方の粒子に伝わる。これを利用して量子状態を転送する。量子状態をAからBへ伝えて、量子状態を再現するとAの量子状態は消滅するからAをBに転送したことになる。このように、量子状態を転送できれば、物質を転送することは可能になる。 これが物質転送装置の仕組みだと考える。

 オープニングのナレーションでは、『・・・・・・これは人類最初の試みとして5年間の調査飛行に飛び立った、宇宙船U.S.S.エンタープライズ号の驚異に満ちた物語である』と結んでいる。

 人間ドラマの要素を多く取り入れて普遍的なテーマを扱うこのドラマは、登場する人物に多くの民族や異星人を配している。そして女性を主要キャラクターにするなど、差別のない時代を描いている。

 次週も視聴したいという気持ちになり、放映が待ち遠しくてたまらなくなる。それにしても、布団に潜り込んで1時間も過ごしていると、汗をかいて暑くてたまらない。冬ならまだしも、今は夏休み前の7月10日だったことに気がついた。

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(※注20)『宇宙大作戦』は、1966年にアメリカのNBC系列で放映が開始された。 23世紀になると、銀河系宇宙に進出した人類は、宇宙人と惑星連邦を形成している。 連邦では宇宙探査や防衛などを担う連邦宇宙艦隊が組織されていた。ドラマはこの連邦宇宙艦隊の最新鋭艦U.S.S.エンタープライズ号と乗組員の冒険を描いている。

※映像1

宇宙大作戦 日本版オープニング映像

※映像2

スタートレックのテーマ』をエウミール・デオダート(Eumir Deodato)がアレンジした楽曲(Star Trek Thema) 。デオダートはリオデジャネイロ生まれで、1973年、CTIレーベルからアルバム『ツァラトゥストラはかく語りき』を発表した。クラシック作品をジャズにアレンジした楽曲「ツァラトゥストラはかく語りき」が異例のヒットとなった。


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