tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第9話 タイムリーパー

             1973年7月16日 月曜

 今週から生活リズムを変えることにした。帰宅して夕食と入浴を済ませると直ぐに就寝する。深夜2時に起きたら朝まで勉強する。きっかけは在日米軍向けのFENを毎日聴きたいという思いからだった。それでも近くの基地にある放送局から家まで150kmも離れている。しかもAM(中波)となれば電波は届きにくい。普段は雑音が混ざって聴き取りづらい電波状態だった。ところが深夜から早朝になると鮮明に聴こえてくることに気がついた。

 ウルフマン・ジャック(※注2)はラジオDJの中でも大のお気に入りだった。午前4時からの音楽番組を担当する彼は、騒々しくてしゃがれ声という独特のボイスの持ち主。いつも魅力的な曲を提供してくれる。今日はローリング・ストーンズがお奨めだった。ウルフマンはリスナーにこう語りかける。「次は型破りな曲をお届けするぞ。言わずと知れた 『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』だ ※5・・・さあ、これでみんなハイになってくれ!」―――

『俺は荒れ狂う嵐の中で生まれると、母親に向かって吠えたんだ。そして歯の抜けた婆さんにムチ打たれて育てられたよ。でも大丈夫なのさ!かっこいいだろう?こんな俺は流されて溺れて血まみれなのさ! なあそれでもかっこいいだろう? ほら強烈な閃光が走ったぞ!決まれば最高の気分だぜ。これが稲妻野郎ってもんだ!!』 

 最近は翻訳機を歌に限って意訳モードに切り替えて聴くことが多くなった。歌詞の解釈というものは一葉ではないから、全体のニュアンスを考えた翻訳の方が断然楽しむことができる。ローリング・ストーンズサウンドは、リフを重ねるごとに聴くものをトランス状態へといざなう。ミック・ジャガーの歌は聴くものに高揚感を与える。つまりは一言で表すと 『ぶっ飛んでいる』ということなんだ。

 今日の昼休み時間、職員室に呼び出された。期末テストのことに違いなかった。僕は努めて神妙な面持ちをして野々村先生を訪ねた。

 先生は意外にもさばさばした口調で淡々と説明を始めた。「いまから職員会議で協議した結果を伝えるからよく聞きなさい。端的に言うと君の採点には平均点を充てられることになった。これは証拠が明確でないことを考慮して決まったことだ。これでも穏便な措置だということを忘れないで欲しい。だが今後同じことを繰り返さないという条件付きだからな。肝に銘じて約束してくれよ。分かったな?」

・・・・・・『カンニングを疑われたのだから、どのような結論だろうと納得はできない。でもこれで良しとしよう。自分の落ち度が引き金になったのだから・・・この世界で生きるには謙虚な姿勢を求められるのは間違いない』

 月曜日の5・6時間目は技術・家庭科の授業だった。男子は技術教室、女子は家庭科教室へと向かう。今日は技術の先生が出張中で、工作実習用に図面作成を自習で行うことになっている。ブックエンドや引出しなどの木工品から、各自が好きな工作物を決めて図面を引く。

 2人掛けの作業台に座って取り掛かろうとすると、隣に1人の生徒がやってきた。「ここ空いてるか?ここにしようかなぁ」そう言って作業台に製図用の筆箱を置いた。その生徒は6列目の前から3番目に座っている小津麻琴くんだった。彼はどちらかというと小柄で色白な童顔だから、中性的で清潔な印象を与える。しかしまた長髪で不品行なイメージも併せ持っている。

 お互い無言で図面を引いていると、彼が話を切り出した。「おまえカンニングしたんだってな?俺は知ってるぞ!・・・・・・まあそんなことはどうでもいいことだ。それよりどこからやって来た?教えろよ!」静かな口調なのにどこか凄みが利いている。

『新たな異邦人なのかな。いったいこの学校には何人異邦人がいるんだろう?』白々しいとは思ったけれど、スカした返事をしてみた。「何のこと?僕には君の言っていることが理解できないよ」 

 彼は不敵な笑みを浮かべるとこう言った。「何の目的でこの時代にやって来た?どうせ何かに失敗して逃げてきたってところだろうが、よく捜査官の目をかいくぐることが出来たな?」

『僕が住んでいた2043年には、時間犯罪を取り締まるような警察組織や捜査官などは存在していない。だとすると、この生徒や相川さんはもっと未来の世界から跳躍してきたのだろうか』

「まあいいや、おまえのことはいずれ何もかも分かる。それからひとつ忠告しておくが相川には近づくな。彼女に干渉することは許さないぞ!俺が未来からこの時代に連れて来た女だからな」

『連れてきた?それはどういうことなのだろう。このような話をする彼は、タイムリーパーに違いない。すると未来と過去を自由に行き来できるということか?しかも他人までも跳躍させることができる。もしかすると僕が元の世界に戻るカギを持っていることも考えられる』

「なあ、これを機会に仲良くしようぜ!俺とお前は今日から友達ってことさ。そうしたほうがいいぞ?いや、そうするべきだな!・・・・・・お前は知らないだろうが、この4月に列車に飛び込んで絶命した1年生がいたなぁ。後ろから少し押してやったらってことだがな」彼は異様な笑いを浮かべてそう語った。

『なんて奴だ!そんなことをしてただで済むはずがない』僕は黙ったままイエスともノーとも口にしなかった。必要以上に顔を近づけて威嚇してくる態度がなにより我慢ならなかった。―――そういえば彼が僕の腕を触った時、香水だろうか何処かで嗅いだような匂いがした。

 今朝聴いたローリング・ストーンズの曲を思い出していた。『彼はまさにぶっ飛んでいる。捜査官に捕まることもなく、過去や未来を飛び回る稲妻野郎だ!』・・・もちろんローリング・ストーンズのメンバーやミック・ジャガーのようにかっこいいはずがない。 

 今日は部活を終えると、野球部の梅野健作くん、バレー部の早志将義くん、3人一緒での帰宅となった。駅近くの踏切で列車の通過を待っていると、踏切の向こうに小津麻琴の姿がはっきりと見えた。あの日、踏切越しに僕を見つめていた生徒は彼だったと確信した。

 なんの目的で僕を監視しているのか分からないけれど、この先を思うと嫌な予感しかしない。でもどんなトラブルに巻き込まれてしまうのか今は想像もつかない。

 少年の家に到着して玄関を開けようとすると、鍵が掛かっていてドアが開かない。チャイムを鳴らしてもノックをしても開けてくれる気配はない。しばらく途方に暮れていると、鍵を開ける音がしたのでドアの取っ手を引いて玄関の中に入った。そこには少年の母親が無表情な顔をして僕を見つめる姿があった。

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※5 『Jumpin' Jack Flash』は、ローリング・ストーンズが1968年5月にリリースした楽曲でグループの代表曲の一つ。作詞・作曲はミック・ジャガーおよびキース・リチャーズ

(※注2) ウルフマン・ジャックWolfman Jack)は、アメリカ合衆国ラジオDJ。 トレードマークになった犬の遠吠えの声まねからウルフマンを名乗る。1970年から1986年にかけて米軍放送網のラジオ放送のために音楽とコントの番組を制作。これが『Wolfman Jack Show』で、日本でもFENで放送された。


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