tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第21話 タイムループ

               1973年11月30日 金曜

 銀杏黄葉(いちょうもみじ)を見ると晩秋を感じるようになる。文化祭はそんな時期にあちこちで開催される。僕の通う中学校でも体育館をメイン会場に先週の水曜日に催された。合唱や演劇など、プログラムには数多くの出し物があるが、やはり息の合った楽器演奏は華々しくて、聴く者の気分を高揚させてくれる。我が中学校の吹奏楽部の演奏を初めて聴いたけれど、よく纏まっていて練習の成果が伺える演奏だった。

 昼休みの廊下で3組の桜坂くんと立ち話をしていると、こんな話題になった。

「最近、放課後になると、女子たちが南校舎の3階に向けて声援を送っているんだ。 摩耶くんは知っていた?」

「それは知らないけど、南校舎の3階って何があったかな?」

「音楽室だよ。吹奏楽部が部活動で放課後に音楽室を使っているだろう?個人練習をする時は、教室の中で音色が重ならないように、それぞれが離れて楽器を鳴らすんだ。 窓を開けて外に向かって吹いたりするんだよ」

「そうだったね。それで、誰に向かってなぜ声援を送っているんだろう?」

「北校舎に向かって練習をする1年6組の長谷寛人くんだよ。文化祭で吹奏楽部が演奏して以来、彼の人気に火が付いたんだ。長谷くんがサックスを吹く姿がとてもクールで、女子にはたまらないらしいよ」

「へぇー、何かを極めようと努力する人はモテるって言うしね」

「そうなんだよ、それに彼は色白で美形男子だから尚更だよ」

 今日の僕は皮膚科で治療薬を処方してもらうので、部活は休みを取っている。放課後は少し時間に余裕があるから、長谷くんを一目見てから病院に行くことにした。

 放課後になると、教室は 「長谷くーん、頑張ってー!」という黄色い声援に包まれた。遠目に見る彼は、確かに桜坂くんが言うようにモテそうな生徒だった。色白で眼鏡を掛けたこの中学1年生は、大人の落ち着きすら感じさせる。こうして練習風景をじっと眺めていた僕は、何故だか分からないけれど次第に彼のことが気になっていた。機会があれば話をしてみたいと思うようになった。

 その機会は翌週の月曜日に訪れた。部活を終えて帰宅しようと、独りで下駄箱までやってきた時だった。彼が下駄箱の前で靴に履き替えるのが目に入ったので、急いで彼のところへ駆け寄った。

「6組の長谷くんだよね?僕は4組の摩耶です。突然だけど、楽器の話を聞かせて欲しいんだ。帰り道に話をしてもいいかな?」

彼は怪訝な顔をしながらも返事をしてくれた。

「でも楽器の事はそんなに詳しくないし、君の役に立つような話はできないよ。それに僕は駅を通り過ぎると海岸方向に帰るけど、それでもいいのかな?」

「大丈夫、途中までは同じ道だから」―――僕は靴に履き替えると長谷くんの横に並んだ。

「ところでサックスはいつから始めたの?」

吹奏楽部に入部してからだよ」

「とても上手だね、他にも楽器ができる?」

「最近はギターを弾くことが多いかな・・・」

 こうして楽器のことや、好きな音楽ジャンルの話を暫く続けた。そしてタイミングを見計らうと核心に触れる質問をしてみた。

「長谷くんはいつこの世界にやってきたの?」

「何のこと?」 そう言うと、彼は表情を変えることもなく僕の顔をじっと見た。彼の冷静さを失っていない様子を見て、自分の勘が外れたのではと少し焦った。それでも僕は思い切って話を続けた。

「僕はね、実は70年後の未来からやってきたんだ。そして今は人生2回目の中学1年生を過ごしている。君も同じような境遇じゃないかと感じたんだよ」

「―――参ったな。どうして分かるのか不思議だけど・・・・・・実を言うと、僕は今4回目の中学生を経験しているところだよ・・・

・・・そう、あれは大学の卒業式に起こったんだ。突然、辺りの光景が中学校の入学式へと変わってしまった。僕は新しい学生服を着て入学式に出席していたんだ。一瞬にして1983年から1973年まで10年も飛び越えていたんだよ」

「そうか、10年前の自分にタイムリープしたんだね。それはかなりショックだったろう」

 綾羅木駅が近くなってきた。ホームの北側にある踏切の遮断機が降りて、上り列車がやってきた。乗客の乗降が終わると列車は長門市駅に向けて発車した。僕は駅のベンチでもう少し話そうと彼を説得した。踏切を渡って左に曲がり小規模な駅前ロータリーまで歩くと、近くに幾つかベンチが置いてあった。

「長谷くん、今は4回目の中学生だと言ったよね。そうすると決まった開始点から同じ期間を何度も繰り返すという、タイムループの最中なんだね。ループの開始点は1973年の入学式になる。逆にリプレイすることになるリセット点(終止点)はいつも同じなの?」

「それが不思議なんだけど卒業式に関係している。2回目は高校の卒業式でリセットした。3回目は中学の卒業式までだったよ。何故だか理由は分からないけど、今はそれもあまり気にならなくなったよ」

「僕は他人の身体に意識だけが入り込んだから、過去に戻ったといっても長谷くんとは少し事情が違っている。自分の人生をもう一度やり直している訳じゃないんだ。だから、長谷くんがどんな気持ちで日々過ごしているのか知りたい」

「目的もなく突然過去に戻れば、気持ちも何もないよ。ただ同じ日常を繰り返すだけだね。人によるだろうけど、人生レベルの大きなイベントはそうは発生しない。かといって些細な出来事を気にすればきりがない。前回の失敗をひたすら修正することで、不愉快な思いを消すという自己満足が幸せな生き方だと思うかい?」

「なるほどそうだね。それに大きな惨事でもない限り、2回目は僕が多くの人を助けてみせるぞ!歴史を変えてみせる!なんてことも小説や映画のようには考えないだろうね」

 いつのまにか、辺りはすっかり暗くなってしまい肌寒くなってきた。遅くまで付き合わせたことを長谷くんに詫びると、あと一つだけ聞かせて欲しいと僕はお願いした。

「タイムループは半永久的に反復するといわれている。そこから脱出する方法は見つかっていないようだけど、このことをどう思っている?」

「それを考えたとしてもどうにかなる訳でもないし、仕方のないことだよ。それに見方によっては、人より何倍も時間を獲得したと言える。だから僕は多くの楽器を練習することにしたんだ。例えばギターの練習時間を2倍にすれば、それだけ上達して演奏できる曲が増えるだろう?そんな感じで、人にできないことが可能になると思っているよ」

「繰り返しが辛くないということだね?」

「そうだね。単に楽しめばいいと思っている・・・・・・それから話はそれるけど、君とは高校でも大学でも、僕と同級生になるんだよ。さっきまでは知らない素振りをしたけど、大学では君と僕ともう一人の同級生の3人でルームシェアしていた時期もあるんだ。 それだけ君とは何かの縁があるんだろうね」

『僕は摩耶浩之くんではないから、長谷寛人くんとは直接的な繋がりは無いけれど、人と人は、時として不思議なあやで結ばれていると聞く。鹿間陵汰という僕が摩耶浩之くんと入れ替わっている状況で、時系列が逆転した摩耶浩之くんの情報が告白された。 何であれ、とかくタイムリープは頭を混乱させる。時間は一定の方向に一定の速度で流れているのが一番分かりやすい。いずれにしても気心の合う関係はすばらしいと思う。“不思議なあや”・・・とてもいい言葉だ』

 また話す機会を必ず作ろうと約束してお互い帰路についた。僕は彼の前向きな考えと冷静さに感心したと同時に、どこか他人とは思えない感じすら覚えていた。

 音楽談議をしていた時、長谷くんは大ヒットしたリンダ・ロンシュタットの『悪いあなた』 ※12が好きだと言っていた。僕もFENでその曲の存在を知っていた。しかしラジオの解説では、1973年に入ってライブステージで 『悪いあなた』 が演奏されて注目を集めた。早ければ1974年にリリースされるだろうとも言っていた。そうすると日本での発売とヒットは更に1年後の1975年あたりになるだろうか。タイムリープやタイムループなどの時間移動をすると、本人がいかに意識していたとしても、このように会話の中で時系列の矛盾や逆転が起こりやすい。

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※12 『悪いあなた』 原題 『You're No Good』は、1963年にディー・ディー・ワーウィックが録音した曲。その後多くのミュージシャンにカバーされた。リンダ・ロンシュタットが1973年12月21日放送の音楽番組“The Midnight Special”で、テレビパフォーマンスを行って人気を得ると翌74年11月にリリースした。翌75年2月にはビルボードチャート1位を記録。リンダ・ロンシュタットバージョンの『悪いあなた』は、この曲で最も成功したカバーとなった。


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