tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第18話 歓楽街と繁華街

               1973年10月7日 日曜

 僕の住むこの町は、本州最西端に位置している。そう言うと寂し気な最果ての地をイメージするかもしれない。そうだとしても近海の水産物は豊富で、古くから水産加工が盛んに行われている。また沖合・遠洋漁業の拠点としても繫栄してきた。特に商業捕鯨は、南極海シロナガスクジラを捕獲する母船が集結する一大拠点になっている。

 東洋一と称された漁港は漁獲高が増加すると、1966年には年間水揚げ量全国一を記録した。少年の父親は当時の活気を伝えるものだとして、このように話した。

 漁港の市場で買い付けた大量の魚を、仕入業者はリヤカーを引いて店まで運ぶ。これでもかと荷台に山積みされた魚は、悪路で揺れるリヤカーから、多からず少なからず道へとこぼれ落ちてしまう。しかし業者はそんなことはお構いなしで、拾うこともせずに店への道を急ぐ。おこぼれに有り付こうと、首を長くして待つ猫たちはそこかしこに待ち構えている。ところが猫たちは道に落ちた魚が安く販売されているイワシだと気がつくと、口に銜(くわ)えようともせずにそっぽを向くという。

 これはこの町がいかに隆盛を極めたかという自慢話のようだけど、うまく作られていると思う。こうしてその後も町は繁栄を続けて、主要駅や漁港、捕鯨基地の周辺には歓楽街が形成された。そこは、飲食店や映画館などのレジャー施設が集まり、盛り場やネオン街などと呼ばれた。主に夜間営業をするスナックやバー、クラブ、酒類を提供する飲食店が集まる。それと同時に風俗産業も伴っていた。

 周辺の町から人々は集まり、午前零時を過ぎても多くの人で溢れた。毎日明け方まで歌い騒ぐ様子は不夜城と呼ばれ、このような歓楽街もまた繁栄の象徴とされた。

 今日は休日なので、海峡を挟んだ対岸にある大きな町に行ってみることになった。梅野くんと早志くん、いつもの近所3人組でだ。綾羅木駅から電車に乗って、2駅先の海峡を臨む下関駅で降車してホームで乗り継ぎ便を待つ。乗った電車は暫く地上を走行して海底トンネルの中に吸い込まれていった。トンネルの壁は列車の走行音を増幅させて、大きく反響する。これでは、会話がかき消されてしまうから、無駄に声を出す乗客は一人としていない。ぼんやりとした、薄暗い蛍光灯の明かりだけが、地上との繋がりを唯一約束してくれている。電車は徐々に減速を始めた。車内の明るさが戻り始めるとようやくトンネルを出た。いまだに耳から離れない残響音を癒してくれるように、電車はゆっくりと駅のホームに向かって進む。

 どうしたのだろう? いっせいに蛍光灯が消えたかと思うと、2箇所の非常灯が点灯した。電車に何か不具合でも起きたのだろうか? でもアナウンスもなくゆっくりと電車は動き続ける。乗客はこれが日常だと言わんばかりに誰一人動じることはない。

「摩耶、電灯が消えたからって何を驚いてるんだ。 知らないのかよ?心配しなくても直ぐに点灯するから」 僕の表情を見て取った早志くんが教えてくれた。

「これは『交直転換』というんだよ。神戸駅からこの門司駅までが山陽本線。これから先は鹿児島本線。ここは幹線が変わる地点なんだ。架線に流れる電気が、山陽本線の直流に対して鹿児島本線は交流だから、直流と交流の切替点が必要になる。その為には短い距離であっても通電しない区間がなければならない。これをデッドセクション(死電区間)と呼ぶんだ。だからいったん電気が消えるわけだよ」

「・・・早志くんも鉄道マニアだった?」

「いや、俺はそれほど詳しくはないしマニアでもないけどね。叔父が国鉄に勤務しているだろ?だから叔父と一緒に食事する時に、専門的な話をよく聞かされるんだ」

 なるほど、子供とは大人が考えている以上に話を聞いているものだ。何より知識欲が旺盛だから吸収が早い。門司駅に停車しているこの電車が再び動き出せば、次の駅で降車すればよい。小倉駅まではあと6分で到着するだろう。

 ところで僕はひとつ気掛かりなことを抱えている。それは小津真琴がいつまた襲ってくるかも知れないという事だった。先日のSL列車の旅では、友人たちのお蔭で事なきを得たけれど・・・・・・そこで先日の昼休み、津々木捜査官に相談してみた。

「小津真琴に突然襲われて以来、僕は少しナーバスなんだよ。校内では大丈夫だとしても、一人になった時が不安で仕方がないんだ」

「それはすまなかった。しかし私も忙しくてね、今は小津を監視することすらままならないんだ」

「でも犯罪行為の証拠を固めて逮捕するのが目的で、タイムリープしてきたんじゃないの?」

「それはそうなんだが、上司である時間犯罪警察局の部長がうるさくてね。もっと仕事をしろと別案件を2つも押し付けてきたんだ。だから今は3つの時代を飛び回っていて、目が回るほど忙しいんだよ!しかも、これから元の世界である2060年に忘れ物を取りに帰らないといけないし・・・」

「何を忘れたの?」

「それは機密事項だから君といえども話すことは出来ないよ」

「いつ戻ってくるの?大切な相談があるから、早く戻ってきて欲しいんだけどなぁ」

「そうは言っても仕事だからな。年明けに戻ってこれそうではあるが・・・3ヵ月後ってところかな?」

「だったら、元の世界に3ヵ月滞在するとしても、この時代に戻るのは出掛けた時と同じ時刻に設定すればどうなの?例えば戻ってくる日時を、現在時刻の1973年10月5日13時35分に設定すれば、タイムロスはゼロで済むじゃない?」

「なんだと?何を馬鹿なことを言うんだ!厳密にいえば、滞在日数の分だけ齢をとるんだ。そんなことをすれば、2つの隔たる時代の同時刻に重複して生きていることになる。此処に戻る時は、別の時代で過ごした時間を必ず加算しなければならないんだよ。法則を無視するとタイムパラドックスが生じてしまう。そんなことをすれば、多元宇宙(マルチバース)、すなわち似て非なる別の世界に私は弾き飛ばされてしまう」

「そうなのか。でも分かったような分からないような・・・・・・いずれにしてもそうなれば、捜査官に二度と会えなくなるだろうから仕方がないか――――」

「おいも有給休暇欲しぇんだよ、子供らど一緒に過ごす時間も必要だ。家族サービスしねばかがもこんつけるしな。何よりもお正月だばぬぐいコタツさ入って、餅っこ食ねばなんねしな。」

 なるほど、正月くらいは家に居ないと奥さんも機嫌が悪くなるか・・・・・・なぜか最後の部分は標準語ではなく秋田弁になっていた。始めは標準語で話すことで、僕に翻訳機のスイッチを入れさせないようにする。そのあと話しにくい部分を秋田弁にしている。まあ彼も人の子、ずるくもあり素直な人柄が現れているとも言えそうだな。でも残念ながら僕は既に秋田弁をほぼマスターしているから、胡麻化しても無駄なんだよなぁ。―――こうして捜査官は先週の金曜日に未来へと旅立っていった。

 電車は小倉駅の複数あるホームのひとつに滑り込むと停車した。ドアが開くと大勢の人々が次々とホームへ降り立ち、電車を待っていた人たちは先を争うように車内へと流れ込む。溢れかえる人の多さに圧倒される。そこら中には熱気と活気がみなぎっている。地方都市でさえこうなのだから、新宿や渋谷、池袋駅はどんな状態なのだろうか。

 階段を上がった駅の改札を出たところで梅野くんが声を上げた。「これから前方にあるアーケード街を進むと松田楽器という店があるから、まずそこに行ってみよう。レコードも十分揃っているよ。とにかく人が多いから迷子にならないようにしないとね。あとスリには十分気を付けるんだ」

 半ば無秩序に行き来する人波にのまれると、自分たちのペースで歩くことは難しい。そう言えばこの雑多で混沌としている光景は何処かで経験したことがある。そうだ、学生の時に中近東から北アフリカを歩き回った時によく似ている。夏休みを利用してヨルダンの首都アンマンや、シリアのダマスカスを巡った。2040年であっても人口流入を続けて発展する都市は、文字通り国際都市だった。そこでは様々な人たちが商売をしていて、興味深いものを販売している。でも街を歩くだけで身の危険を感じることも多かった。

 中学生にしてみれば、非日常的な刺激はスリリングで、ある意味楽しい。もちろん危ない目には遭いたくないけれど、次第により強い刺激を求めるようになるから注意が必要になる。

 北九州市は1973年時点では人口100万人を超えた九州最大の都市。この街は百貨店や専門店、飲食店などの商業施設が駅周辺に多く立ち並ぶ。駅から南へと伸びるアーケード街は身動きが取れないほどの人々が歩いている。これを繁華街と呼び、此処は風俗的要素も兼ね備える混然一体とした街になっている。若者にしてみれば最もスリリングな場所だといえる。

 松田楽器店を出ると、梅野くんは駅前大通りに行こうと提案した。僕は店の出口近くに貼ってあるチラシがふと目に入った。それは、ロックバンドのライブ告知だった。梅野くんを呼び止めてチラシを指差すと「凄いじゃないか!サンハウスのライブが此処であるんだね。彼らはきっとメジャーデビューを果たすと思っているんだ。ラジオで何度か演奏を聴いたけどなかなかだよ。特にギターの鮎川誠はかっこいいってもんじゃない!」