tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第22話 土産話

               1974年1月8日 火曜

 短い冬休みは終わって、昨日から3学期が始まった。この地域の冬は、寒気が流れ込んで曇りの日が多い。そうはいっても、気温は西日本の平均的な数値だから、さほど寒くはない。天気予報だと、今日は最低2度、最高10度となっている。ただし日本海の一部である響灘から、季節特有の風が強く吹くと、体感温度はかなり下がる。

 昼休みの廊下に出て、3組の教室を覗いてみた。そこには、心待ちにしていた津々木捜査官が、ようやく戻って来ていた。彼は僕に気が付くと、ゆっくりと席を立って教室から出てきた。

「よう、久し振り!元気そうなところを見ると、私のいない間も無事に過ごしていたようだね」

「そうだね、お陰様で。ところで体が重そうに歩くけど、ひとまわり大きくなった? 体重が増えたんじゃない?」

「そうなんだよ、この季節特有の現象でね。2060年の世界で、雑煮と磯辺焼きを毎日食べていたから、こんなことになるんだな」

季節風みたいに言うなぁ。しかしどうしてそうなるのかな?捜査官はこの世界に来たときは、僕のように人の身体を使って生活している筈だよね。意識スライドして、他人の身体に入り込んでいるとばかり思っていたけど・・・」

「説明してなかったな。私は他人の身体を借りるなんてことはしないんだよ。 これは“メタモルフォーゼ処理”と言って、姿を変える特殊技術を使っているんだ。性別・年齢・体格などを設定して処置室に入れば、1時間足らずでどんな姿にでもなれるんだ。本件の場合は、中学1年生の標準的な男子を選択したが、どうだ、様になっているだろう?なかなか便利なもんだよ。大スターや美人女優、何でもござれだぞ。そもそもメタモルフォーゼとは、生物学で幼虫から成虫になることや、形を変えることを言う。 そういえば、これに類似する言葉に“変身”などがあるよな。いいかい?間違っても“変態”と呼ぶんじゃないぞ。これは間違いではないが、大きな誤解を招く言葉だからな!」

「だとすれば、跳躍先には対象となる体が存在しない、ということだよね。そうだとすると、タイムリープそのものが出来ないと思うけど、そこはどう解決しているの?」

タイムリープは、自分自身が生まれてから死ぬまでが移動範囲の限界だ。例えば、28歳の私が28年前に跳躍すれば、乳児になってしまう。これでは跳躍したとしても、直ぐには仕事にならないよな?そしてまた、28年から先の、私が生まれる前には行けない。他人に意識スライドすることは、警察庁から禁じられているからね。この時代は、私にとって87年前の過去だ。だから別の方法を使うんだよ」

「別の方法?驚いたな、どんな方法が発見されたのか、それとも開発されたのかは分からないけど、まさに人類とは“秒進分歩”で向上を続けるものだね」

「そうだな。少し難しい話になるが、まずメタモルフォーゼ処理を施した私の分身、これをアバターと呼ぶ。アバターのホログラム(3次元像)データを、超高速通信を利用して目的地まで送信する。目的地の設定は、年月日、時間、緯度経度と標高座標値などだ。行先にデータが到達した瞬間に、アバターのホログラム映像を出現させる仕組みにしてある。するとこの映像が跳躍を可能にするダミーとなり、私はアバターをダミーに向けてタイムリープさせれば、完了という訳だ」

「なんて凄いアイデアなんだ!これがあればどんな世界にだって行ける―――ところで話は戻るけど、どうして体重増加がアバターに反映されているの?」

「そこなんだよ。タイムリープするのは私のアバター(分身)であって、私の身体は警察庁の“時空間移動センター”内のカプセルに入っている。人口冬眠しているように見えるが、そうではない。私の意識はアバターと常に同期が取られているから、言うなれば2060年、つまり元の世界からアバターを遠隔操作しているようなイメージだ。そしてアバターを元の世界に戻せば、その役割を終える。カプセルに入る都度、私の身体は波動測定でスキャンされる。こうして私がアバターを作るたびに、身体の経年変化が加味されてしまう。だから今回のアバターは、3か月前よりも太って見えるという訳さ。残念なことに、元の身体が太ったり痩せたりすると、アバターもスタイルが変わってしまうんだな」

「なるほど、常に体型を忠実に再現させているのか。上手くできているもんだね。こうしてメタモルフォーゼしていることを、敵に分かり難くしているんだ」

「言い換えれば、アバターを使っての長期戦を、想定しているってことだな。もう一つ参考までに教えるが、この世界にも私の家族が存在する。警察庁のスタッフが扮する両親役や、兄弟役のアバターを、ホログラムデータで送信して、この世界に送り込んでいるんだ。後は先ほど説明した要領と同じだ。彼ら“時空間野営部隊”は、目的の時代に到着すると、住居の契約やこの世界で暮らすのに必要な手続きを、迅速に進めるんだ」

「そうなのかぁ、ほんとうに感心するよ。想像以上に大掛かりな捜査体制で臨んでいるんだね」

「これらの新技術は3年前に開発されたが、日本では警察庁だけが許可されているものだよ」

「えっ!そうなの?だけど以前、僕が小津に襲われたことがあったよね。その時、彼は姿を変えていて全く別人の顔をしていたよ」

「う~む・・・そうだな、それは考えられないことでは無い。国際シンジケートが、メタモルフォーゼ技術を不正に入手したという情報だってあるからな。国際刑事警察機構すなわちインターポールは、日本の特殊詐欺グループが、タイムリーパーを養成している疑いがあることも通知してきた。おそらくタイムリーパーである小津は、シンジケートの配下に入って、組織犯罪に手を染めている可能性が高いだろう。そうだとすると、これはかなり面倒なことになりそうだぞ。小津の身柄を確保するためにも、君とは綿密な打ち合わせを一度しなければならないね」

「僕も小津の逮捕に協力するの?でも、それは怖いよ」

「そんなに心配することはない。君にはおとり捜査のおとりになってもらうだけだから」

「おとりって、鳥や獣を捕らえようとするときに、誘い寄せるために利用される、悲しい個体のことじゃないか!」

「まあ、まあ、まあ、そんなに神経質になるなよ。私に任せておけ!危険な目には会わせないから・・・」

「そこはしっかり頼むよ?! それはそうと、小津がさきほど教室から出てきて、僕たちの様子を窺いながら歩いて行ったけど大丈夫かな?」

「大丈夫って何が?」

「僕は翻訳機をオンにしていなくて、捜査官の会話を標準語で聞いていたけど、これだと小津にも会話の内容が分かったんじゃないかって・・・・・・」

「なんと?はえぐ教えてけれや! 聞かれてはまずい捜査情報も話していたのに・・・さい~、こいが部長さバレだらまた説教でねが―――そういえばこの世界に跳躍する直前、部長室に呼ばれたんだ。『摩耶くんにお土産を持って行ってやれ!』って、秋田名物の“いぶりがっこ” ※(注12)を渡された。タイムリープは、物質を送るのが無理だと部長は知らないんだよ。上司なんだべっから、もうなんぼか勉強してもらわねばな」

「ありがとう、気持ちだけでも受け取っておくよ。部長さんによろしくお伝えください。そうだね、これが本当の“土産話”って言うのかも知れないな。いぶりがっこは酒の肴に最高だし、それはもったいなかったね」

「んだべ?んだがらそう思っで、その場でおいがみな食った」

「まったくもって!・・・そんなことするから太るんだよ」

 津々木捜査官は、小津に話を聴かれたかも知れないことを気にして、動揺したようだった。それが証拠に、後半では秋田弁と標準語を織り交ぜた“一人漫才”を演じていた。

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※(注12)いぶり漬けは、秋田県の南部地方で主に大根を燻煙乾燥させてつくる漬物のこと。“いぶりがっこ”という名で呼ばれ、秋田の郷土食として広く知られる。秋田弁で漬物を“がっこ”と呼ぶことから、燻した(いぶり)漬物(がっこ)とされた。