tsurusoの小説

鶴海蒼悠のSF小説

星霜に棲むという覚悟〜Time Without End〜

第26話 アンダーワールド

               1974年4月22日 月曜

 一日の出来事を思い返すと、なかなか寝付けなかった。それに、津々木捜査官はどうなったのだろうと、あれこれ考えるから、何度も目が覚める。こうして寝不足のまま朝を迎えた。

 捜査官の無事な姿を一刻も早く確認しようと、今日は早めに登校した。教室に通学カバンを置くと、西校舎に行って窓から3組の教室を覗いた。そこには数人の生徒がいるだけで、捜査官の姿はなかった。校舎の玄関に回って薄暗い壁の隅に立ち、登校してくる生徒達の姿を確かめることにした。

「おまえの母さんが 『今日はめずらしく早く出かけたよ』と言っていたけど、こんなところで何してんだ?」登校してきた早志くんが、壁に寄りかかる僕の姿を見つけると、不思議そうに尋ねた。

「いやね、僕にも色々と事情があるんだよ。あっ!それはそうと、以前お願いしていた小津の監視のことで頼みがあるんだ。彼がどんな様子で席に着いているか知りたいから、確かめてきてよ」

「ああ、分かった。今から見て来るよ」そう言うと、早志くんは階段を上がって行った。

 登校してくる生徒の数は、次第に多くなってきた。桜坂くんや長谷くん、愛原さんが次々に玄関に入ってくると、隅っこにたたずむ僕を、横目で見ながら教室に入って行く。そして相川さんもやってきた。彼女は僕に気が付くと、『朝からこんな処でいったい何をしてるの?』と言いたげに、黙って目の前を通り過ぎた。

 ようやく捜査官の姿が視界に入った。僕は急いで駆け寄ると、彼の手を引っ張って西校舎を出た。校庭の端にある、部室が立ち並ぶところで立ち止まった。

「無事だったんだね、とても心配してたんだよ。元気そうに見えるけど、空から落ちてきて小津に衝突したんだから、無傷じゃ済まないよね?」

「そうだな、心配してくれてありがとう。あれだけ格闘すれば無傷という訳にはいかなかった。体のあちこちに重大な損傷を受けたよ。それに、昨日は警察庁のスタッフである私の家族も、総出で事に臨んだから、彼らも大小の傷を負ったんだ。詳しく説明をしたいが、もう少しで授業が始まるから、昼休みに改めてここで落ち合うことにしよう」

 二人で西校舎の玄関まで戻ってくると、そこには早志くんが待っていた。「何処に行ってたんだよ? 小津くんの様子を見てきたぞ! 彼はおとなしく席に座っているけど、いつもと様子が違っていたな。目には眼帯、首周りには絆創膏を張っているし、三角巾で腕をつっているから右腕を骨折しているようだ。誰かと喧嘩して痛めつけられたんだろう。つまり今の彼は満身創痍ということだよ」

 待ち遠しかった昼休みになった。とにかく昨日起きた出来事の詳細が知りたい。今日の捜査官は普段以上に落ち着いてゆっくりと話を進めた。

「まずは、橋脚近くの上空から落下したところから話せばいいかな?小津が黒子のような姿に変身して、橋脚の背後に潜んでいるのを私のスタッフが発見したんだ。そこで私は小津が移動する経路、つまり動線を予測して、その上空に空間移動をした。そして奴が動き始めたタイミングで、格好よく舞い降りたという訳だ」

『舞い降りた?落ちてきたようにしか見えなかったけどね。まあそれはいいとして、つまりは落下して小津に衝突したんだ』

「起死回生とも言える強烈な攻撃だったな。小津は地面に伏せると、暫く動けなかったよ。それで、私は奴を拘束しようと、手錠を使って後ろ手にしばろうとしたんだ。ところが、奴は倒れた振りをしていたんだ。小津は狡猾な奴だよ。形勢逆転のタイミングを計っていたんだ」

「そうだろうね。悪賢いから油断ならない。僕ら3人は怖くなって自転車でその場から離れていったから、その後のことがはっきりしない。それでどうなったの?」

「そこからは、お互いの陣営同士の総力戦になったんだ。奴が所属する組織で編成された部隊が近くで待機していた。こちらは警察庁のスタッフ3名と私だけだ。橋脚の下で乱闘が繰り広げられたが、小津はその場を部隊にまかせて、フェンスをよじ登って歩道に出た。そして全力疾走で君たちを追いかけ始めたんだ」

「そんなことになっているとは思いもしなかったよ。僕たちは舞い散る紙幣を追いかけていたけど、小津や津々木さんの姿は見なかったよ?」

「そうなんだよ。私もフェンスを乗り越えて歩道に出ると、小津を追いかけたんだ。そして背後まであと少しという時だった。奴は上着の両ポケットから札束を出して、君たちに向かって投げたんだ。その一連の動作で奴の走りが鈍ったから、私は追いつくことができた。そこで、飛びかかって羽交い絞めにした。ところが、奴の暴れる力は相当なもので、お互いのぶつかり合う力が、我々をあらぬ方向に導いた。つまり歩道から海に向かって2人とも転落したんだ」

「道理で後ろを振り返っても、そこに誰もいなかったんだね。転落したあと、どうなったの?」

「一瞬にして10メートルも落下したから、私は空間移動をする暇などなかった。しかも落ちた場所が悪かったな・・・岩礁が水面の上に突き出ている処に私の右足が突き刺さった。奴は右腕が岩に叩きつけられて気絶した。そして岩から崩れ落ちると、潮流に呑まれて東の方角へ流れて行ったよ」

「なんて悲惨な場面なんだ!だから、今朝の小津は、早志くんが言っていたような姿で席に座っていたんだ。しかし、もっとダメージが大きい捜査官の足はどうやって回復できたの?」

「小津は部隊の一員が海の中から救助したようだった。私は警察庁のスタッフが岩礁まで救助に駆け付けてくれた。でもその時には私の身体は足だけではなく、至る所が損傷を受けていたよ。以前説明したが、損傷したのは私の分身であるアバターだ。私自身は、時空間移動センター内のカプセルに入っていて、意識はアバターと同期を取っている。それでも、もう少し損傷が激しければ、私の意識はその痛みに耐えられずに命を落としていたかも知れないね」

「どうしてそんなに冷静に話すことができるの?僕だったら泣き叫ぶところだけど・・・・・・」

「それが訓練の賜物ということだ。捜査官の使命と知ってのことだよ。損傷したアバターは2060年の世界に戻した。そして新たな中学2年生モデルでメタモルフォーゼ処理をしたのがこの体だ。どうだ、新品だし少したくましくなって格好いいだろう?」

「まだ理解に苦しむことがあるんだ。なぜ小津は札束を僕たちに向けて投げたんだろう?」

「奴はそうすることで、君たちが狂喜乱舞すると考えたのだろう。あるものは車道で自動車に轢かれ、また、あるものは海風に乗った紙幣に手を延ばして海に転落する。君たちを亡き者にするために、汚れた札束を投げ捨てた。しかし君たちの聡明さに、奴の目論見は見事にはずれてしまったがな」

「最後に、僕たちが拾ったお金を回収に来た青年がいたのと、交番の警察官の様子が変だったのが気になっているんだ。どちらも不自然だったから・・・」

「それはおそらく、小津が編成した部隊に所属しているメンバーの仕業と考えられる。 小津はアンダーワールドの幹部だから、自由に動かせる人員を配下に持っている。アンダーワールドとは裏社会や闇社会の事だ。中華圏では黒社会と呼ぶ。いずれにしても国際的な犯罪組織で、組織力は強力だ。新宿・歌舞伎町が世界最大の拠点とされるが、そこは欧米の各都市、マニラや香港などの拠点とネットワークを結んでいる。奴らは凶悪犯罪など朝飯前だからな。君も十分注意するんだぞ」

「そうすると、『いいからもらっておけ!』と言って走り去ったタクシードライバーだけが、得をしたということか・・・世の中には要領のいい人が少なからず存在するね」

「いつの世もそんなもんだよ」

『今日の津々木捜査官の話はかなり重かった。犯罪捜査に携わる人々の苦悩は想像を超えると思った。世の中が平和であれば、『愛の分かれ道』 ※15 のような恋の歌も、心穏やかに聴くことができるというのに―――』

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※15 『愛の分かれ道』『Baby I'm-a Want You』はブレッド(Bread)が1971年10月に発表した楽曲。開放弦のアコースティックギターと効果的なエレクトリックギターが特徴。 メロディーラインの流麗なポップ・ロック作品。同年12月にビルボードシングルチャート3位を記録した。


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